


ここも何度来ただろうか。
花の都公園は我が家のお気に入り。
道志村でキャンプをするときや山梨・長野方面へ出かける時の
寄り道スポット。
花の都公園だけではなく山中湖や河口湖も必ずと言っていいほど
寄り道します。
要はこの辺りの富士山Viewが好きなんですね。普段は反対側から見て
いるので、言わば裏富士山という感覚です。
裏なんて言ったら山梨の方に怒られそうですが。

河口湖畔から見た冬の富士山。
毎冬、長野へ行く前に富士五湖へ寄り道してます。
そんな富士五湖から御坂みちでひと山超えて甲府盆地入りしたのは
7月14日(金)の11時頃。
甲府盆地は気温の高さでお馴染みで、すでに30℃超えしていました。
車内でエアコンかけても直射日光が刺すように暑い。
御坂みちからR20へ入り、甲府市街へ向かいます。甲府駅の北側に
その目的地はあります。

武田神社
かつて武田信玄公の居城・躑躅ヶ崎館があった場所。
数年ぶりに再訪です。

主郭の水堀にかかる橋の上で振り返ると

甲府駅へと続く道、武田通りが真っ直ぐ続いています。
右下の売店がある場所にはかつて堀がめぐらされた曲輪があり、
反対側には武田御一門衆の穴山信君の屋敷があった場所です。
信玄公の居館の目の前に屋敷を設けるほどの重臣であり親戚筋の
穴山信君がまさか武田勝頼を裏切り徳川に走るとは信玄公も
思いもしなかったでしょう。
現在、穴山信君屋敷跡の前は武田神社駐車場とタクシー乗り場に
なっています。私もこの駐車場に停めましたが、すぐ横には
逃げ弾正の異名を持つ高坂昌信屋敷跡がありました。
更には真田幸隆、甘利虎泰屋敷が並び穴山信君屋敷の南側には
馬場信春、山県昌景、板垣信方、武田信繁、秋山信友の屋敷が
武田通りの左右に並んでいたようです。
さて、橋を渡ると


階段があり狛犬と鳥居があります。
この階段を上がり

石垣を超えて鳥居を潜ります。


左側に武田菱の手水舎がありました。
手と口を清めて

いよいよ参拝です。


拝殿の大盃や瓦にも武田菱が施されています。

参拝をして社務所で御朱印をいただくのですが、御朱印帳に書いて
いただくか紙に書いていただくものがあります。
迷いましたが

私はこの御朱印にしました。
紙に書いていただくものですが、手書きは日付のみで朱印以外は
版画師百鬼丸の印刷です。
御朱印もいただき満足し、この武田神社・躑躅ヶ崎館跡の周囲を
探索したいところですが、この日は嫁も居たので、武田通りには
武家屋敷が並んでいたんだよぐらいに話をとどめておきました。
それに、駐車場の車には

コヤツが待っていましたから。
エアコン効いた車内で寝ていたらしい。少し寝ボケ顔です。
アウトランダーPHEVは走行用バッテリーの電力があれば、
ガソリンエンジンを使わずにエアコンを稼働出来ます。
後ろ髪をひかれながら武田神社をあとにして昼食へと向かいました。
つづきます。
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