fc2ブログ

スポンサーリンク

横浜歴史散歩。汽車道編。




横浜市中区桜木町と内田町。
ここは、道路を挟んだ向こう側は
みなとみらいです。みなとみらいは
行政上の地名でもあり、横浜市西区
みなとみらいになっています。

この場所は






汽車道入口の日本丸交差店。
ここから日本丸メモリアルパークへ
進めば西区みなとみらい、汽車道を
行けば中区新港になります。
ここが中区と西区の境界線、新港と
みなとみらいの境になるわけです。

西区みなとみらいだけが、
みなとみらいという訳では無く、
新港地区と横浜駅東口地区も
みなとみらいです。


この日の散歩は汽車道で新港地区へ
向かいます。


汽車道はかつての横浜臨港線の
廃線を利用したプロムナード。






明治期の遺構を保存しながら
利用しており、地面には






線路が残っています。






ハイ、日影で休憩~



この臨港線は、鶴見から生麦・高島を
経て桜木町までの高島線から、新港・
山下公園・山下埠頭まで続きます。
私が学生の頃は実際に貨物車が
走っていました。
現在は高島線を残すのみで、
桜木町から新港地区にプロムナード
として線路を見る事ができます。

貨物用線路として使われて
いましたが、横浜港駅から旅客用
としても使用されました。
横浜港駅は赤レンガ倉庫の横で、
ホームが現存しています。




20160606155523919.jpg

東京駅からここまで記念列車的な
客車も走ったそうです。


その後は時代と共に桜木町付近は
みなとみらい事業が立ち上がり、
造船所は移転、貨物輸送の線路も
撤去されました。

この撤去のアルバイトにも行き
ましたが、転車台や線路の多さに
驚いた記憶があります。



桜木町・みなとみらいも思い出深い
場所ですが、今回の散歩は新港地区
なので、みなとみらい地区は、
また別の機会に歩くことにします。
来年かな?



新港地区の横浜臨港線が
プロムナードとして残っているのは
みなとみらい計画に先立って、
YES ’89 でお馴染みの(?)
横浜博覧会が行われた際、臨港線に
ディーゼル車を走らせ、博覧会後も
しばらく残っていたためと
思われます。

横浜博では日本丸駅と山下公園駅を
設けて、短い編成の車輌が行ったり
来たりしていました。
汽車道の入口である日本丸交差点
付近に日本丸駅。山下公園の氷川丸辺りに山下公園駅があったわけです。

この横浜博は横浜駅東口のそごう
2Fからゴンドラで博覧会会場を
結んだり、リニアモーターカー等、
バブリーな博覧会でした。



話がそれてしまいましたが臨港線を
新港地区目指して歩きます。

休憩している木陰は桜なので、春は
とても絵になる場所です。






ふたつ目の橋梁に来ました。






トラス構造というのが、いかにも
明治期っぽい。






橋を渡ると






桜の植えられた緑地があり、
シートを敷いて休んでいる方も
沢山います。






ちょっと様子の違う第三橋梁が
ありました。
第一と第二はアメリカ式、第三は
イギリス式で、他から移転されて
汽車道に保存されました。
元々は北海道炭礦鉄道の夕張川橋を
横浜生糸検査所の引込線、大岡橋
として転用されたものです。

第三橋梁を過ぎて、線路を辿ると






ナビオス横浜が見えてきました。






臨港線を保存するかの如く
建っている、ナビオス横浜。
粋とでも言いましょうか。

ナビオス横浜の穴の先には
赤レンガ倉庫が見えてきました。


ナビオス横浜を潜ると






交差点手前で線路は終了します。






左側にワールドポーターズを
見ながら交差点を渡ると






線路が少しだけ復活します。
こういう残し方もなかなかですな。
去年はまだ整備していた気がします。


さて、赤レンガ倉庫はもうすぐです。






今日、初の芝生だもんね。




つづきます。


平助クンにポチリとしていただけたらうれしいです。

↓↓↓

にほんブログ村






20160222095955235.jpg




スポンサーリンク

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する