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あれから…





3.11
東日本大震災から6年が経ちました。

忘れてはいけないあの日。
風化してしまう人の記憶。
けれど、決して忘れてはいけない。


神奈川県のわが家は大きな被害は無く、停電した程度でした。
何も情報が得られない中、唯一ラジオから、東北で甚大な被害が
出ていることを知る。

私はカブに飛び乗り、街の様子を見に走る。信号機が消えていたが、
交通はパニックにはなっていなかった。コンビニはレジが不能で閉店
してしまう店がほとんどだった。

潮位もいつもより上がっている程度だったが、高台の我が家へと戻る。
電話がマヒしているなか、LINEは機能していた。
その状態が数時間続いた。

我が家はその程度の震災被害。


仙台に嫁の従姉妹夫婦が住んでいたが、安否も分からなかった。
日付が変わる頃に電気が復旧し、ようやくテレビからの情報が入る。
そのテレビ映像からは驚きや恐怖が目から脳に伝わる。

仙台は火災で燃え続けていた。
従姉妹は?子供たちは?

三多摩地区の嫁の実家は皆無事と知ることが出来た。
従姉妹家族が無事だと知ったのは翌日だった。


連日、被害状況を伝える映像を見ても、何も出来ない。
出来るのは自分達の生活を取り戻すことだけ。

数日経ち、ライフラインの物流が動き出した頃に物資と幾許かの現金を
送ることしか出来なかった。
何と自分達は無力なんだろうと、嫁と話をした。

今でも同じだ。
何も出来ないでいる。


6年経った今でも行方不明の方が大勢いる。
復興ままならない被災地もある。
それでも皆頑張って生きている。




だからせめて記憶しよう。
あの日のことを。
皆が生きていたということを。
皆がこれからも生きて行くということを。




6年前の平助クンは




生後3ヶ月で、何も知らないよって顔してます。



(๑¯ω¯๑)




自然災害に抗うことは人には出来ません。そう思うと人は無力だと
感じてしまいますが、それでも負けない強い気持ちと、生かされている
という謙虚な気持ちを大切にしていこうと思います。



災害で亡くなられた方達の御冥福を心よりお祈り申し上げます。





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